スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

雑考 自由とは何か②

ペリクレスはここでアテナイの国の様子を五つの特徴をもって語っている。

①「少数者の独占を排し多数者の公平を守ることを旨として、民主政治と呼ばれる。」デモクラシー
②「個人間に紛争が生ずれば、法律の定めによってすべての人に平等な発言がみとめられる。」平等の精神
③「一個人が才能の秀でていることが世にわかれば、輪番制に立つ平等を排し世人のみとめるその人の能力に応じて、公の高い地位を授けられる。」能力主義
④「また日々にたがいに猜疑の目を恐れることなく自由な生活を享受している。よし隣人がおのれの楽しみを求めても、これを怒ったり、あるいは実害なしとはいえ不快を催すような冷視を浴びせることはない。私の生活においてわれらはたがいに掣肘を加えることはしない。」個人的自由
⑤「法を犯す振舞いを深く恥じ恐れる。時の政治をあずかるものに従い、法を敬い、とくに、侵されたものを救う掟と、万人に廉恥の心を呼びさます不文の掟とを、厚く尊ぶことを忘れない。」遵法精神と倫理・正義・道徳心

 このようにみると、私たちが今暮らしているこの社会と、何か近いところがある感じがするが、デモクラシーという言葉の最も古典的な定義は、このペリクレスの言葉なのである。
 
「すなわち、政治というものが多数の意向によって行われ、少数の意向によって行われるのではない。多数決の原理というのが民主政治の基本なんです。全会一致とか満場一致というものは、これは民主政治とは必ずしも同じことではないんですね。少数意見、反対意見もある。反対者がいるから何もできないというようなことを考えた人もいますけれども、そんなことはないんであって、多数者と少数者があって、多数者が決めた事柄を国家の法律、政策として決めていくことが民主政治の原則なんです。ただこれは、政治が多数決によって行われることであって、何がなんでも多数決できめるということは、民主主義とは何の関係もないんです。」379頁

 民主政治における多数決とは、おもに政治の領域に限ることが第一義にあり、国の未来に関する方策に対して不確定要素が多い事柄の決定を行うところに、多数決原理というものが意味をもってくる。また、その方策が正しかったか間違っていたかという結果に関する対応にしても、少数者の意向によって決めた場合や満場一致で決めた場合よりも、修正が容易い。

「間違ったときも少数の反対意見があったわけですから、場合によっては軌道修正することが可能なんです。ところが満場一致で決めてしまうと、それを引き戻すのに大変困るのです。・・・ひとつの政策を変更するためには、これまでの政策の責任者を殺すとか追放するとかいうことをしなければ変更できない、ということが起こります。ところが多数決の場合だと、そういう軌道修正が比較的しやすいというわけで、長い間の一つの経験によって生まれたのがデモクラシーです。ですから、これはしいて言えば善とか正義とかに絶対的に結びつくとは限らないんですね。」380頁

 つぎに、ペリクレスは、あらゆる人は法律上平等に取り扱われるという原理を語る。これは日本国憲法第14条に規定されている、法の下の平等とう言葉でいわれているところのものを指している。
 
「これも日本では間違って考えられているようですが、法律というものは、人間を何かローラーでつぶすように全部平等にしてしまう。男も女も親も子も平等であると、法律の前に置かれたら神様の前にあるようなことを考えていますけれど、そんな意味はぜんぜんないんです。法律上平等に取り扱うとは、主として裁判ごとその他において、被告も原告も、片方の人が金持ちであるとか、偉い人であるとかいうようなことを考慮しないで、法律上平等に取り扱うだけのことです。法律に関係のある限りにおいて法律上平等に取り扱うのであって、親と子とか、あるいは学生と先生とか、そういうものがあらゆる意味で平等であるなんてことを法律は規定していません。[天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず]と言うんですけども、それは人間がすることではなくて天がすることです。天というものを持ち出さなければ、平等なんてことは言えないんですね。」381頁

 現代では、「法の下」とか「法の前とは何か」とか、ここで言われている「平等」についても、相対的平等・絶対的平等や形式的平等・実質的平等などの定義のもと詳細な議論がなされている。しかし、そのものがどのような要求によって、知恵によって作られたものか、当の原則も見忘れてしまってはならないのではないだろうか。

「人間は美醜賢愚強弱いろいろな点で違っているのがあたりまえであって、平等というものは憧れみたいなものです。ただ、違っているということによって生ずるいろいろな差というものが、生活上の大きな違いになってくると、いろいろよくないことが出てきます。ですから、その欠陥を訂正して、なるべく平等な結果が得られるようにということは考えなければなりませんけれども、人間がはじめから平等であって、差別をするのはけしからんとは言えない場合がたくさんあるのです。そういう意味が、有名な法の前の平等という形でポピュラーに知られている第二の原則なのです。」381頁
スポンサーサイト

テーマ : 勉強日記
ジャンル : 学問・文化・芸術

Comment

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。