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雑考 自由とは何か④

 私たちがいだく自由には確かに理想がある。国家権力に対抗してとか、がんじがらめで窮屈な感じから「解放」されいたいとか。そういったものが意識される最初のものとしては校則があげられるのではないだろうか。遵法の意識には義務教育のなかで学校が独自に定める校則という手法が使われている場合がほとんどだと思われる。

教育基本法 第一章 第一条(教育の目的)
 教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

 方法はともあれ、いまとりあげている「自由」を強調すれば、そこには意識せずとも自由社会でのお互いの自由を制限し合える一員として成長していくとこを期待されているといえる。そしてまた、その教育を受けさせることは国民の義務ともなっている。子供の保護者の義務として、学校教育法第16条―第21条に規定されており、履行しない者または違反者となってしまうと、基本的には学校教育法第144条―第145条により、10万円以下の罰金に処さなければならない法律が規定されている。
 
 デモクラシーの「自由」が社会にもたらす不安定な要素は、こうまでして直接的にまたは間接的に制御しなければならないのは、古代アテナイで起こった衆愚政治の歴史が物語っているといえるのかもしれない。しかも、たとえ時が変遷しても、デモクラシーという言葉のイメージは19-20世紀まで最悪の政治体制の代名詞としてイメージされており、近代民主主義の先駆けとなったアメリカ合衆国さえも、建国当時は一切「デモクラシー」とは言わずに、共和制republicと呼んでいるほどである。アメリカ合衆国憲法にはデモクラシーの一語もつけることはできない。アメリカ合衆国はThe United States of America is a federal constitutional republic[連邦共和国]なのである。民主主義を取り入れはするが、完全な民主制政治はとらない。それは一言でいってしまえば、「民主的自由」に警戒しているからであろう。

 その様を古代ギリシャのアテナイで、その「自由」によりまさまさと滅んでいった様子を経験していたプラトンは、その有様その性質をその思いを『国家』において書き記している。

 プラトン『国家』下 第八巻 562D

 「思うに、民主制の国家が自由を渇望したあげく、たまたまたちのよくない酌人たちを指導者に得て、そのために必要以上に混じりけのない強い自由の酒に酔わされるとき、国の支配の任にある人々があまりおとなしくなくて、自由をふんだんに提供してくれないような場合、国民は彼ら支配者たちをけしからぬ連中だ、寡頭制的なやつだと非難して迫害するだろう」
 「他方また、支配者に従順な者たちを、自分から奴隷になるようなつまらぬやつらだと辱しめるだろう。個人的にも公共的にも賞賛され尊敬されるのは、支配される人々に似たような支配者たち、支配者に似たような被支配者たちだということになる。このような国家においては、必然的に、自由の風潮はすみずみにまで行きわたって、その極限に至らざるをえないのではないかね」
 「そしてこの同じ風潮は、友よ、個人の家々のなかにまで浸透して行って、ついには動物たちにいたるまで、無政府状態に侵されざるをえないことになるのだ」

また、プラトンの後期作品の『法律』においても、デモクラシーにおける「自由」の姿はかわらない。

 プラトン 『法律』第三巻 701B
「この[デーモクラティア](民衆の支配)が音楽の世界に限られ、自由な人士だけのことであったならば、その事態は、さほどまでに甚だしいものでもなかったでしょう。ところが、実情は、知恵の自負と法律無視は、音楽の世界に端を発して、あらゆる人々の間、あらゆることの上に及び、やがてそこから自由気作儘が生まれたのです、彼らは、自ら知っているつもりになって恐れを忘れ、その恐れ知らずが無恥を生んだのです。自身過剰で、すぐれた人の意見を恐れないこと、これこそ悪しき無恥であり、あまりに厚顔な自由に由来するものにほかならないのです。」
「そういう自由につづいて現れるのは、公職にある者に隷従すまいとする自由であり、つづいて、父母や年長者への隷従から逃れる自由、さらに終点に近づくと、法律に隷従すまいとする自由、いよいよ終点にくると、宣誓にも誓約も神々も、いっさいを無視する自由が現れ、昔語りにあるティタン族の本性を、あらわに再現することになるのです。」701C

ティタン族とは、ギリシャ神話に出てくる地上を支配していた巨人族。天上のゼウスとの戦いに敗れ、地獄に幽閉<されてしまう。

 「そこで、もし法律とのバランスが崩れてくるとどうなるかということを、プラトンは言っています。つまり、自由ということを絶対の権利として主張する。あらゆる自由に対する侵害とか制約に対して非常にナーバス-神経質になる。自由の侵害であるという形で全部拘束を破壊し、自由だけを追求する結果が、そこに描かれているんです。めいめいが勝手に自由を追求する方向をとると、社会は崩壊的な現象を示してくるわけです。」385頁

 はじめの段階として、互いが制限されている自由を取り払う動きとして平等思想から始まる。どんなものにも平等な価値を認め、めいめい好き好きなことをやるのが、平等で正しいという社会が生まれてくる。そして、相対的なものの考え方が全体を支配してくる。個人も生活というものを一つの気まぐれが支配してくる。その結果、ある日突然ささいな不満や事件によって大きな潮流ができあがると政治が動くようになる。それが繰り返されるにしたがって、プラトンがいうような、個人的にも公共的にも賞賛され尊敬されるのは、支配される人々に似たような支配者たち、支配者に似たような被支配者たちだという衆愚政治がはじまってくる。そのような状況のなか民主主義のフィートバック機構というものがいつ振り切れるかは誰にもわからない。民主主義の体を維持できるか、それもとも低落した原因を衆愚政治とみなし、民主主義の否定する専制政治を支持してしまうかは、紙一重と言わざるをえないのではないだろうか。
 
「自由というのは毒薬のようなものであって、あらゆる人間がこれに耐えうるものではないわけです。むしろ命とりになるような要素を含んでいる。そういう自由に耐えることができた人間はどれだけあったかというと、古代史中でギリシャ人社会の自由というものは、オリエントの専制政治とローマ帝国の専制政治との間に短期間栄えたひとつのエピソードにすぎなかったのです。ギリシャの自由社会は、いまお話したような民主主義の内部的な弱みによって崩壊してしまいました。ギリシャは外部の社会に征服されることによって、完全に第一義的な自由というものを失ってしまったんです。そして、ギリシャにおける自由社会の崩壊後、古代・中世を通じて自由社会というものは存在しなかった。むしろオリエントの専制政治の続きのような社会だったと言ってよかったかもしれない。近世においてフランス革命というのがありますが、その革命もすぐにナポレオンを生むわけでして、今世紀に至るまで完全に安定した社会ではありません。」388頁

 今回は日本の「自由」観念と古代ギリシャの「民主的自由」の比較を通じて、西欧文明で培われてきた意味合を見てみることが目的であった。そのため、西欧文明で培われてきた意味合はまだほんの一部分を見たにすぎない。

詳しくは『ヨーロッパ的自由の歴史』仲手川良雄著を参照(法思想史のまとめが進むにしたがって書いていこうと思います)。

 しかし、いま見てきた「民主的自由」、自由社会の「自由」には、つまり、最大限に公的自由の共有をめざす民主主義には、必然的に一人一人に課題*2が課せられていることでもあり、歴史上そういう「自由」に耐えることができた民族・国家は多くないという事実がある。

「そういう意味において、自由という言葉は非常に安易に使われてはいますけれども、実はわれわれにとって大きな課題―われわれはどうしてこの自由を守っていくことができるか、自由に価する一つの社会をつくることができるかどうかということは、大きな課題である。こういうふうに言わなければならないかと思います。」389頁

長くなりましたが「雑考 自由とは何か」は以上になります。
法思想史まとめに戻ります。

*2課せられている課題とは 参考URL
一人一人の資質を厳しく問う原理〜『近代民主主義とその展望』
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テーマ : 勉強日記
ジャンル : 学問・文化・芸術

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