スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

重要なサイトの宣伝

更新をさぼっておりました。

ほぼブログはやめようかなと思っております。

といいますのは、以下のようなサイトができたためです。

自由参加型投稿サイト
http://www.meirokusha21.org/

個人的なつぶやきもしないブログとして始めましたが、
そういったタイプのブロガーはその自由参加型投稿サイトのほうが刺激もあり楽でいいのです。

無料で使えて、特に交流の面を考えると、お互いに了承した人同士で同じ記事を編集し合えるので勉強にもなります。

どんな機能が他にあるのかは、こちらのコピペを貼っておきます。

学術系の話題に興味があり、なおかつ自分の発言などより多くの人の目に見てもらいと思う方はこちらのサイトを使ってみることをオススメします。

コピペ↓
--------------------------------------------------------------------------
小さなコミュニティーやブログから飛び出て学術的公共空間で議論してみよう。
ユーザー同士で作り上げる明六社21 言論・論考・書評投稿サイト

完全無料 言論投稿広場をオープン!
★リンクを貼って投稿することでSEO効果・アクセスアップ!
読者をさらに増やすことができます。

明六社21は、さまざまな言論や論考・書評を自由に投稿できると共に、志を同じくする会員同士で編集作業もできる投稿サイトです。

特定の会員同士のみに記事を公開することや、特定の会員同士のみで記事を編集し合うことも可能です。

誰もが編集者となることができ、志を同じくする執筆者を集うこともできます。
(だれを共同執筆者にするかは、記事の編集者が自由にアクセス権限を決定できます)

ひとりでは膨大な量のため無理な作業も、会員同士で一つの作品を作り上げることもできます。

明六社21は新しいコミュニケーションの場として、完全無料サービスを提供しております。

■明六社21 言論投稿広場の特徴

・マイフォルダをブログとして使用できる、従来の一方通行型としても使用できます。

・言論投稿広場へ投稿することで、より多くの方の目に記事がとどきます。

・投稿記事にリンクを貼り、お使いのブログサービスへ誘導+SEO効果・アクセスアップが見込めます。

・投稿記事にコメント機能を付けることで、読者の反応がフィートバックされます。

・投稿にはHTML入力も可能!自分のアフェリエイトIDを使用して投稿することもできます。

・特定の会員同士のみに記事を公開することや、特定の会員同士のみで記事を編集し合うことも可能です。

明六社21 言論投稿広場
http://www.meirokusha21.org/
--------------------------------------------------------------------------
スポンサーサイト

テーマ : 哲学/倫理学
ジャンル : 学問・文化・芸術

雑考 自由とは何か④

 私たちがいだく自由には確かに理想がある。国家権力に対抗してとか、がんじがらめで窮屈な感じから「解放」されいたいとか。そういったものが意識される最初のものとしては校則があげられるのではないだろうか。遵法の意識には義務教育のなかで学校が独自に定める校則という手法が使われている場合がほとんどだと思われる。

教育基本法 第一章 第一条(教育の目的)
 教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

 方法はともあれ、いまとりあげている「自由」を強調すれば、そこには意識せずとも自由社会でのお互いの自由を制限し合える一員として成長していくとこを期待されているといえる。そしてまた、その教育を受けさせることは国民の義務ともなっている。子供の保護者の義務として、学校教育法第16条―第21条に規定されており、履行しない者または違反者となってしまうと、基本的には学校教育法第144条―第145条により、10万円以下の罰金に処さなければならない法律が規定されている。
 
 デモクラシーの「自由」が社会にもたらす不安定な要素は、こうまでして直接的にまたは間接的に制御しなければならないのは、古代アテナイで起こった衆愚政治の歴史が物語っているといえるのかもしれない。しかも、たとえ時が変遷しても、デモクラシーという言葉のイメージは19-20世紀まで最悪の政治体制の代名詞としてイメージされており、近代民主主義の先駆けとなったアメリカ合衆国さえも、建国当時は一切「デモクラシー」とは言わずに、共和制republicと呼んでいるほどである。アメリカ合衆国憲法にはデモクラシーの一語もつけることはできない。アメリカ合衆国はThe United States of America is a federal constitutional republic[連邦共和国]なのである。民主主義を取り入れはするが、完全な民主制政治はとらない。それは一言でいってしまえば、「民主的自由」に警戒しているからであろう。

 その様を古代ギリシャのアテナイで、その「自由」によりまさまさと滅んでいった様子を経験していたプラトンは、その有様その性質をその思いを『国家』において書き記している。

 プラトン『国家』下 第八巻 562D

 「思うに、民主制の国家が自由を渇望したあげく、たまたまたちのよくない酌人たちを指導者に得て、そのために必要以上に混じりけのない強い自由の酒に酔わされるとき、国の支配の任にある人々があまりおとなしくなくて、自由をふんだんに提供してくれないような場合、国民は彼ら支配者たちをけしからぬ連中だ、寡頭制的なやつだと非難して迫害するだろう」
 「他方また、支配者に従順な者たちを、自分から奴隷になるようなつまらぬやつらだと辱しめるだろう。個人的にも公共的にも賞賛され尊敬されるのは、支配される人々に似たような支配者たち、支配者に似たような被支配者たちだということになる。このような国家においては、必然的に、自由の風潮はすみずみにまで行きわたって、その極限に至らざるをえないのではないかね」
 「そしてこの同じ風潮は、友よ、個人の家々のなかにまで浸透して行って、ついには動物たちにいたるまで、無政府状態に侵されざるをえないことになるのだ」

また、プラトンの後期作品の『法律』においても、デモクラシーにおける「自由」の姿はかわらない。

 プラトン 『法律』第三巻 701B
「この[デーモクラティア](民衆の支配)が音楽の世界に限られ、自由な人士だけのことであったならば、その事態は、さほどまでに甚だしいものでもなかったでしょう。ところが、実情は、知恵の自負と法律無視は、音楽の世界に端を発して、あらゆる人々の間、あらゆることの上に及び、やがてそこから自由気作儘が生まれたのです、彼らは、自ら知っているつもりになって恐れを忘れ、その恐れ知らずが無恥を生んだのです。自身過剰で、すぐれた人の意見を恐れないこと、これこそ悪しき無恥であり、あまりに厚顔な自由に由来するものにほかならないのです。」
「そういう自由につづいて現れるのは、公職にある者に隷従すまいとする自由であり、つづいて、父母や年長者への隷従から逃れる自由、さらに終点に近づくと、法律に隷従すまいとする自由、いよいよ終点にくると、宣誓にも誓約も神々も、いっさいを無視する自由が現れ、昔語りにあるティタン族の本性を、あらわに再現することになるのです。」701C

ティタン族とは、ギリシャ神話に出てくる地上を支配していた巨人族。天上のゼウスとの戦いに敗れ、地獄に幽閉<されてしまう。

 「そこで、もし法律とのバランスが崩れてくるとどうなるかということを、プラトンは言っています。つまり、自由ということを絶対の権利として主張する。あらゆる自由に対する侵害とか制約に対して非常にナーバス-神経質になる。自由の侵害であるという形で全部拘束を破壊し、自由だけを追求する結果が、そこに描かれているんです。めいめいが勝手に自由を追求する方向をとると、社会は崩壊的な現象を示してくるわけです。」385頁

 はじめの段階として、互いが制限されている自由を取り払う動きとして平等思想から始まる。どんなものにも平等な価値を認め、めいめい好き好きなことをやるのが、平等で正しいという社会が生まれてくる。そして、相対的なものの考え方が全体を支配してくる。個人も生活というものを一つの気まぐれが支配してくる。その結果、ある日突然ささいな不満や事件によって大きな潮流ができあがると政治が動くようになる。それが繰り返されるにしたがって、プラトンがいうような、個人的にも公共的にも賞賛され尊敬されるのは、支配される人々に似たような支配者たち、支配者に似たような被支配者たちだという衆愚政治がはじまってくる。そのような状況のなか民主主義のフィートバック機構というものがいつ振り切れるかは誰にもわからない。民主主義の体を維持できるか、それもとも低落した原因を衆愚政治とみなし、民主主義の否定する専制政治を支持してしまうかは、紙一重と言わざるをえないのではないだろうか。
 
「自由というのは毒薬のようなものであって、あらゆる人間がこれに耐えうるものではないわけです。むしろ命とりになるような要素を含んでいる。そういう自由に耐えることができた人間はどれだけあったかというと、古代史中でギリシャ人社会の自由というものは、オリエントの専制政治とローマ帝国の専制政治との間に短期間栄えたひとつのエピソードにすぎなかったのです。ギリシャの自由社会は、いまお話したような民主主義の内部的な弱みによって崩壊してしまいました。ギリシャは外部の社会に征服されることによって、完全に第一義的な自由というものを失ってしまったんです。そして、ギリシャにおける自由社会の崩壊後、古代・中世を通じて自由社会というものは存在しなかった。むしろオリエントの専制政治の続きのような社会だったと言ってよかったかもしれない。近世においてフランス革命というのがありますが、その革命もすぐにナポレオンを生むわけでして、今世紀に至るまで完全に安定した社会ではありません。」388頁

 今回は日本の「自由」観念と古代ギリシャの「民主的自由」の比較を通じて、西欧文明で培われてきた意味合を見てみることが目的であった。そのため、西欧文明で培われてきた意味合はまだほんの一部分を見たにすぎない。

詳しくは『ヨーロッパ的自由の歴史』仲手川良雄著を参照(法思想史のまとめが進むにしたがって書いていこうと思います)。

 しかし、いま見てきた「民主的自由」、自由社会の「自由」には、つまり、最大限に公的自由の共有をめざす民主主義には、必然的に一人一人に課題*2が課せられていることでもあり、歴史上そういう「自由」に耐えることができた民族・国家は多くないという事実がある。

「そういう意味において、自由という言葉は非常に安易に使われてはいますけれども、実はわれわれにとって大きな課題―われわれはどうしてこの自由を守っていくことができるか、自由に価する一つの社会をつくることができるかどうかということは、大きな課題である。こういうふうに言わなければならないかと思います。」389頁

長くなりましたが「雑考 自由とは何か」は以上になります。
法思想史まとめに戻ります。

*2課せられている課題とは 参考URL
一人一人の資質を厳しく問う原理〜『近代民主主義とその展望』

テーマ : 勉強日記
ジャンル : 学問・文化・芸術

雑考 自由とは何か③

 「平等」に続いて、ペリクレスは人間の評価について語っている。能力主義と見られる部分である。「平等」と「能力主義」とでは矛盾するようなところがあるかのように思われるが、その人の家柄だとかお金持ちだからというのではなく、才能によって評価されるべきだと説いているのである。たしかに人が人の才能を正確に評価できるとはとうてい思えない。しかし、ここでの大切な意味は、単に「平等」だけでなく、人それぞれの才能・特色によって評価されることが大切であって、国家の政治に携わる有能な人を選ぶという、そういう評価というものが、民主主義で大切なるということである。
 人が人を評価するということは、実際かなり無理な要求でると思う。なんの基準もなければやはり、家柄・金銭・権力的圧力といったものが入り込んでしまうであろう。これらを完全に排除することは無理なことなのかもしれないが、現代では技[能力]としての資格制度がその評価の基準の役割を担っている。国家資格、公的資格、民間資格等が作られており、人の才能を不確実でありながらも、その人の家柄だとかお金持ちだからというのではなく、義務教育を終えたことや、どこそこの学校を卒業したとか、国家資格があるとか、新卒である等の事実に基づいた形でなんとか評価を下そうとしているのである。

 以上のデモクラシーとして語られた「多数決」、「平等」、「人の評価」は、よくよくみれば自由の制限から作られた知恵だといえる。一人の僭主による自由や、ある集団のみに許されている自由によって政治決定がなされるのでは民主政治ではなく、多数決というお互いが自由を制限し合うことで成り立っている。「平等」つまり法の下の平等も同様であり、公職につきたい自由、この会社で働きたい自由もそれを互いに制限し合い、それぞれの能力において評価するというのが、デモクラシーとして語られているのである。

「これら三つのことがペリクレスの演説にあらわれた、公的な自由とかれが呼んだものです。公の国家社会は自由な社会であるということは何であるかといえば、政治が多数決によって行われ、法律上人びとは平等な取り扱いを受け、しかもその人柄と才能において正当に評価され、公職に就くことができるとされていること、これがつまり公的な自由ということです。自由社会の条件ですね。」382頁

 第四では私的自由についても語られている。つまりそこには、人はそれぞれ自分の好むところにしたがって自分の生活を営むことができ、それによって隣人からいやみを言われるいやがらせをされることはないという。公的自由の中に私的自由も認められていることが示されているのである。

「しかし、それはあくまでも他人の厄介にならない、迷惑をかけないというのが前提です。そのことを人びとは、法律というものの制約下において違法の行いをしないようにする。特に害を受ける人たちを保護するところの法律、あるいは、文章には書いていなくても、その結果われわれがいろんな意味において恥となるような、不文の法律によって、自分勝手な行動を自然に制御するという方法をとっていると、こう述べているわけです。ですからそういう制限された形で個人的な自由を認めているわけです。」383頁

 私たちが思い浮かべる自由とは大体がこの個人的自由のことであると思われる。だが、ここではその個人的自由にも、遵法の精神や道徳・倫理からの逸脱を恥じる廉恥心という不文の法律での制御がなければならないとされている。つまり、個人的自由と法というものがバランスをとっており、そういう法や廉恥心による制御がなければそれぞれが暴君的自由まで行き着かざるおえなくなってしまうのである。僭主制では一人の王様のもつ権力に恐れて悪い行いをしないように間接的に制御がなされているが、主権が国民であり法や廉恥心による制御がなければ、権力者の出現を待つまで無秩序状態にアナーキーな社会になる可能性がでてきてしまう。
 ここで題材にしている古代ギリシャでは遵法精神がつよく意識されている一文が残っている。ヘロドトス『歴史』には、ペルシャ戦争時、スパルタからペルシャ亡命したデマラトスにペルシャ王クセルクセスが質問する場面がある。クセルクセスにはギリシャ人の言う「自由」というものがよくわからず、こちらが大軍で向かっているとしているときに、自由なんてことで闘うことができるのかと聞く。

 世界の名著第5巻 ヘロドトス『歴史』第7巻 255―256頁より
 クセルクセス、デマラトスの会話の一部分抜き出し

クセルクセス 「・・・当然の理屈にしたがって考えてみるがよい。その数は一千であろうが一万であろうがあるいはさらに五万であろうが同じことであるが、それらの者たちが一人の指揮者の采配にあるのではなく、ことごとくが一様に自由であるとするならば、どうしてこれほどの大軍にむかって対抗しえようか。・・・」255頁

デマラトス 「・・・それと申すのも、彼らは自由であるとはいえ、いかなる点においても自由であると申すのではございません。かれらは法と申す主君を戴いておりまして、彼らがこれを恐れることは、殿のご家来が殿を恐れるどころではないのでございます。・・・」256頁

 法を犯すことを恐れるというバランスが当の自由を維持し、存続するための必要条件と考えられていた様子が、僭主クセルクセスとの対話で伺える。

「この自由と法とのバランス感覚というものは、ギリシャの建築、彫刻、文学、哲学においてみられるものと同じものです。このバランス感覚は、すくなくともギリシャの古典的社会においてはバランスを保つことができたのですが、このバランスは、放っておいても自然に出てくるというようなものではないんです。つまり、自由の立場からだけでは、法に従うということが自明のこととして出てこない。自由の原理には、法に従うとか、道徳的拘束というもう一つの面がなければならないんですが、それは自由からは出てこない。自由原理だけでは十分ではないんですね。そこに、自由主義とか自由社会、民主社会とか言われているものがもっている一つの不安定な要素であるわけです。その不安定な要素というものを、プラトンは『国家』という本の第八巻において、民主制国家というものを描くことによってあらわに示しています。」385頁

テーマ : 勉強日記
ジャンル : 学問・文化・芸術

雑考 自由とは何か②

ペリクレスはここでアテナイの国の様子を五つの特徴をもって語っている。

①「少数者の独占を排し多数者の公平を守ることを旨として、民主政治と呼ばれる。」デモクラシー
②「個人間に紛争が生ずれば、法律の定めによってすべての人に平等な発言がみとめられる。」平等の精神
③「一個人が才能の秀でていることが世にわかれば、輪番制に立つ平等を排し世人のみとめるその人の能力に応じて、公の高い地位を授けられる。」能力主義
④「また日々にたがいに猜疑の目を恐れることなく自由な生活を享受している。よし隣人がおのれの楽しみを求めても、これを怒ったり、あるいは実害なしとはいえ不快を催すような冷視を浴びせることはない。私の生活においてわれらはたがいに掣肘を加えることはしない。」個人的自由
⑤「法を犯す振舞いを深く恥じ恐れる。時の政治をあずかるものに従い、法を敬い、とくに、侵されたものを救う掟と、万人に廉恥の心を呼びさます不文の掟とを、厚く尊ぶことを忘れない。」遵法精神と倫理・正義・道徳心

 このようにみると、私たちが今暮らしているこの社会と、何か近いところがある感じがするが、デモクラシーという言葉の最も古典的な定義は、このペリクレスの言葉なのである。
 
「すなわち、政治というものが多数の意向によって行われ、少数の意向によって行われるのではない。多数決の原理というのが民主政治の基本なんです。全会一致とか満場一致というものは、これは民主政治とは必ずしも同じことではないんですね。少数意見、反対意見もある。反対者がいるから何もできないというようなことを考えた人もいますけれども、そんなことはないんであって、多数者と少数者があって、多数者が決めた事柄を国家の法律、政策として決めていくことが民主政治の原則なんです。ただこれは、政治が多数決によって行われることであって、何がなんでも多数決できめるということは、民主主義とは何の関係もないんです。」379頁

 民主政治における多数決とは、おもに政治の領域に限ることが第一義にあり、国の未来に関する方策に対して不確定要素が多い事柄の決定を行うところに、多数決原理というものが意味をもってくる。また、その方策が正しかったか間違っていたかという結果に関する対応にしても、少数者の意向によって決めた場合や満場一致で決めた場合よりも、修正が容易い。

「間違ったときも少数の反対意見があったわけですから、場合によっては軌道修正することが可能なんです。ところが満場一致で決めてしまうと、それを引き戻すのに大変困るのです。・・・ひとつの政策を変更するためには、これまでの政策の責任者を殺すとか追放するとかいうことをしなければ変更できない、ということが起こります。ところが多数決の場合だと、そういう軌道修正が比較的しやすいというわけで、長い間の一つの経験によって生まれたのがデモクラシーです。ですから、これはしいて言えば善とか正義とかに絶対的に結びつくとは限らないんですね。」380頁

 つぎに、ペリクレスは、あらゆる人は法律上平等に取り扱われるという原理を語る。これは日本国憲法第14条に規定されている、法の下の平等とう言葉でいわれているところのものを指している。
 
「これも日本では間違って考えられているようですが、法律というものは、人間を何かローラーでつぶすように全部平等にしてしまう。男も女も親も子も平等であると、法律の前に置かれたら神様の前にあるようなことを考えていますけれど、そんな意味はぜんぜんないんです。法律上平等に取り扱うとは、主として裁判ごとその他において、被告も原告も、片方の人が金持ちであるとか、偉い人であるとかいうようなことを考慮しないで、法律上平等に取り扱うだけのことです。法律に関係のある限りにおいて法律上平等に取り扱うのであって、親と子とか、あるいは学生と先生とか、そういうものがあらゆる意味で平等であるなんてことを法律は規定していません。[天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず]と言うんですけども、それは人間がすることではなくて天がすることです。天というものを持ち出さなければ、平等なんてことは言えないんですね。」381頁

 現代では、「法の下」とか「法の前とは何か」とか、ここで言われている「平等」についても、相対的平等・絶対的平等や形式的平等・実質的平等などの定義のもと詳細な議論がなされている。しかし、そのものがどのような要求によって、知恵によって作られたものか、当の原則も見忘れてしまってはならないのではないだろうか。

「人間は美醜賢愚強弱いろいろな点で違っているのがあたりまえであって、平等というものは憧れみたいなものです。ただ、違っているということによって生ずるいろいろな差というものが、生活上の大きな違いになってくると、いろいろよくないことが出てきます。ですから、その欠陥を訂正して、なるべく平等な結果が得られるようにということは考えなければなりませんけれども、人間がはじめから平等であって、差別をするのはけしからんとは言えない場合がたくさんあるのです。そういう意味が、有名な法の前の平等という形でポピュラーに知られている第二の原則なのです。」381頁

テーマ : 勉強日記
ジャンル : 学問・文化・芸術

雑考 自由とは何か①

日本における「自由」観念 雑考

 「自由」という言葉が日本で現れるのは平安時代初期の続日本紀という勅撰史書のなかであるといわれている。おおかた「好き勝手で気まま」という様子を意味しており、14世紀の徒然草においても同様な意味合いで使われていたことがわかる。

「この僧都、みめよく、力強く、大食にて、能書・学匠・辯舌、人にすぐれて、宗の法燈なれば、寺中にも重く思はれたりけれども、世を軽く思ひたる曲者にて、万自由にして、大方、人に従ふといふ事なし」『徒然草』第六十段
 
 ところが、明治時代になると西洋文明との接触が活発になり、江戸から明治にかけて翻訳家であった森山栄之助、アメリカ・ヨーロッパに渡欧した福沢諭吉によって、英語のlibertyという語の訳語として「自由」があてがわれることになった。明治11年頃にはその「自由」という言葉で自由民権運動という活動が行われており、その活動を推進してきた板垣退助(1837-1919)の風説としても「板垣死すとも自由は死せず」という言葉が残っている。
 このように日本ではこの明治時代に意味合いが変わり、「自由」という言葉に、西欧文明で培われてきた意味合を含むものとして使われはじめ、以前の放蕩的な意味合いが薄まっていったといえる。

 私たちは自由という言葉をわかっているような気がしているが、改めて考えてみるとよくわからなくなってしまう。現代では「自由」という観念と関係したものとしてリバタリアニズムという思想が欧米で議論されていますが、欧米人が「間違えて解釈する」ことがない事柄をも、「自由」という言葉に含ませられている西欧文明で培われてきた意味合いの不理解により、もしかしたら私たちは大きな勘違いを起こして捉えてしまっているということがあるかもしれない。「自由」の名のもとにいろいろな要求や議論がされている昨今、いまいちどその意味合を見てみることは大切であろう。
 今回の記事はその西欧的な意味合いの一部分を取り上げた雑考であり紹介文である。

以下は田中美知太郎全集 第16巻 「自由の意味」371-389頁のまとめです。
 
 「[自由]とは何か。これをいろいろなふうに定義しますけれども、最もそのものずばりで言うと、自由というのは[言いたいことを言い、したいことをすることができる]ということでしょう。これはプラトンという人が『国家』という書物の第八巻において、いわゆる民主政治というものの原則として[自由]というものを挙げて、自由とは何かということをそういうふうに定義したわけです。」371頁

 これで言われていることを率直に受け取れば、その自由の実現とは、暴君の自由であり政治的権力をもった独裁者の自由に他ならない。もしそのような自由があったとしても、たとえば、めいめいが自分の車を好きなスピードで走らせてよいのでは、方々で衝突が起こり交通は杜絶してしまう。同様にすべてにおいてこのような自由であるならば社会は成り立たない。自由であるべきとか、私たちは自由であるといっても、実際においては、かなり制限された形において「自由」というものがあるといえる。

 「いわゆる国家社会の成立については、[契約説]というものが行われていますね。これは近世の政治思想だなんて言う人がいますけれども、昔からある思想です。日本の近代派のいわゆる契約説思想によると、仮に個人は絶対的自由であると考えて、そういう個人が集まって一つの社会や国家をつくるとする。その場合、めいめいの持っている自由の制限を条件として、めいめいの持っている自由の一部分を供出して集め、そこに国家権力というものを構成して一つの社会をつくることになるでしょう。だから私たちには社会に生活している限り、絶対的自由というものはありえないわけです。」373頁

 つまりは、自由社会とは、めいめいがその自由を制限し、その制限を一つのルールとして守ることによって、ただひとりだけが自由なのではなくて、できるだけ多くの人が制限された自由を共有する社会だという。そしてそれは、絶対的な自由の制限ということを前提として成り立っている。

「これはある意味においては窮屈な感じですね。ですから私たちは、空想においては、自分が絶対に自由になりたいというようなことを考え、またそういった憧れをもっています。しかし、絶対的な自由は、自分だけがあらゆる道徳を越えて、たとえばかくれみのとか魔法の指輪とかを持っていて、誰にも気づかれずに自由に行動できるというように考えてみると、それは同時にほかの人が全部法律に従って秩序正しく生活していてくれないと困るわけです。ですから、自由というものに対しては、憧れとしてはめいめい自分の内にあり、それは空想的にいろいろ考えるけれども、現実としては自由というものはないわけです。つまり現実としてわれわれは、決して自由ではないし、自由ではありえない。これをはっきりと認め、そして今日の社会というものを考えなければならないわけです。自由を多くの人が共有する社会、いわゆる自由社会というものは、自然に生まれてくるのではなく、やはりある制約のもとに発見され、つくられたものです。」374頁

 社会の一員やコミュニティが、お互いの自由の共有において課せられた制約から、自分たちだけの自由を要求する場合があるとする。ここで注目するのは、上で言われているような、「ほかの人が全部法律に従って秩序正しく生活していてくれないと困る」というような要素が必ず現れるということである。もしこれが承認される場合それは特権と呼ばれ、そのとき自由社会に混乱が起こってしまう場合がある。

 「自由」という言葉をさらに探ると、自由社会を自分たちでつくり、自分たちの言葉としてそれを悟り、意識した最初のひとは古代のギリシャ人であったという。ギリシャ人の考えた「自由」とは何なのか。ギリシャの吟遊詩人であったホメロスの『イリアース』という作品の中にそれが見て取れるという。物語のテーマはトロイア城をギリシャ軍が十年にわたって包囲し占領するというもの。そこでトロイア方のヘクトルという英雄が部族の前で、城の中では自由であるが、ひとたび城が落ちたならば、「奴隷の境地より救うべき者あらずして」と奴隷の日々を送らなければならないと嘆いている。「自由な日々」というものと「奴隷の日々」というものが、そこにコントラストとして現れている。

「そこで掲げられている自由とは何かというと、それはトロイアという自分の国、自分の町が、自分自身の主権を行使できる独立国として存在し、敵国によって征服されたり主権が侵害されたりしない状態のことを自由と呼んだでしょうね。つまり[自由]ということの最も根本的な意味は、自分たちの住んでいる国家が他国によって支配されていないということ、それが自由の根本的な意味なんです。」376頁

 さらに時を経ると、ペルシャ戦争に勝利するギリシャ人は、さらにもう一つ違う意味での自由を悟っていく。それは、<自由なギリシャ市民>対<僭主に率いられたペルシャ奴隷の大群>という見方である。自由のための戦いに勝利したギリシャ側は、方々に自由の女神像が建設されていった。この自由の像は、国家独立のシンボルとして建てられたのだが、もう一つの意味として、独裁政治や個人あるいは一党一派による独裁専制というものが廃止されたこと、独裁者が倒されたことを記念するためのものでもあったのである。

「この二重の意味で私たちは今日、自由を享受していますが、これは決して水や空気のように自然に与えられているようなものではない。・・・自由というのは、基本的にはそういう社会的な、国家的な意味において、まず考えられなければならないのであって、そういう自由を守るために血を流して戦うということが行われるわけです。幸いにしてわれわれはそういう経験をしていませんけれど、それを失うことはないと、だれも保証はできないわけです。」377ページ

「そういう公的な自由、政治的自由というものが実は基本的なのであって、先ほどお話した、したことをするとか言いたいことを言うという自由は、これは個人的自由です。これはそういう公的な、政治的な自由というものがしっかりしていて初めて可能なのであって、個人的自由だけがひとり歩きをして存在しているということはない。ただわれわれが空想としてそういうような自由というものを考えることがある。いわゆる国家権力に反抗してとか、そういうものと闘うというような形で。実は国家権力といっても社会的な制約下にあります。しかし、そういうものによって自分が何となくがんじがらめになったような感じがすると、それに対して反抗的な意味で自由というものに憧れます。けれども、そういう自由は空想としてしか存在しない。これを公的に考えれば、いまいったような公的条件をみたすことにおいて、はじめて個人的自由というものがあるわけなんです。」378頁

 この雑考で「自由」という言葉には、西欧文明で培われてきた意味合いも含まされていると考えた。だがその意味合いが、古代ギリシャで言われていた「自由」がそのものであると断言することはできないかもしれない。しかし、私たちが生きる立憲君主制民主主義と自由、ギリシャ人が生きていたデモクラシーと自由は、細微まで同じというわけでないが、デモクラシー(民主主義・民主制・民主政)ということでは同じものを受け継いでおり、その「自由」ということにおいても同じ問題を抱えていたに違いないと考えるのも乱暴な話ではないと思う。

「昔のギリシャ人が考えた自由というのは、いまお話したようには公的な自由がまず基本にあったわけです。それでは個人的自由はあったのかなかったのかということに関して、昔は学者の間に多少論争がありましたけれども、やはり個人的自由というものはあったわけです。このことはツキュディデスの有名な歴史家の『ペロポンネソス戦争史』という、ギリシャ人世界からすれば世界大戦の意味をもつ約三十年にわたる大きな戦争の歴史を書いた本の、第二巻に、ペリクレスという人の戦没兵士に対する葬送演説に書かれているんですが、その中に自由のことが書かれています。」378頁

 世界の名著第5巻 トゥキュディデス「戦史」第二巻 356頁より
 ペリクレスの葬送演説部分を引用。

「われわれの政体は他国の制度を追従するものではい。ひとの理想を追うのではなく、ひとをしてわが範に習わしめるものである。その名は、少数者の独占を排し多数者の公平を守ることを旨として、民主政治(デモクラティア*1)と呼ばれる。わが国においては、個人間に紛争が生ずれば、法律の定めによってすべての人に平等な発言がみとめられる。だが、一個人が才能の秀でていることが世にわかれば、輪番制に立つ平等を排し世人のみとめるその人の能力に応じて、公の高い地位を授けられる。またたとえ貧窮に身を起こそうとも、国に益をなす力をもつならば、貧しさゆえに道を閉ざされることはない。われらはあくまでも自由に公につくす道をもち、また日々にたがいに猜疑の目を恐れることなく自由な生活を享受している。よし隣人がおのれの楽しみを求めても、これを怒ったり、あるいは実害なしとはいえ不快を催すような冷視を浴びせるこことはない。私の生活においてわれらはたがいに掣肘を加えることはしない、だがこと公に関するときは、法を犯す振舞いを深く恥じ恐れる。時の政治をあずかるものに従い、法を敬い、とくに、侵されたものを救う掟と、万人に廉恥の心を呼びさます不文の掟とを、厚く尊ぶことを忘れない。」
*1 デモクラティアは便宜上付け足しました。

テーマ : 勉強日記
ジャンル : 学問・文化・芸術

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。